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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)3041号 判決

原告 ゼ・ホーム・インシユランス・コンパニー 外二名

被告 三井倉庫株式会社

主文

原告らの請求は、いづれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は、原告ゼ・ホーム・インシユランス・コンパニーに対し金八千七百三十七万六百六十四円、およびこれに対する昭和二九年四月一〇日からその支払をすませる日まで年五分の割合による金員を、原告セントボール火災海上保険株式会社に対し金一千三百万一千二百三十円、およびこれに対する昭和二九年四月六日からその支払をすませる日まで年五分の割合による金員を、原告「ラ・スイス」コンパニー・アノニーム・ダシユアランス・ゼネラルに対し金一千百三十九万七千七十円八十銭、およびこれに対する昭和二九年四月一四日からその支払をすませる日まで年五分の割合による金員を、それぞれ支払うべし。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決、ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

一、原告ゼ・ホーム・インシユランス・コンパニー(以下原告ゼ・ホームと略称する。)は、一九五二年(昭和二七年)八月三〇日、次の各保険契約書との間に、それぞれ次のとおりの約款条項を含む損害保険契約を結んだ。

(一)、保険契約者。テキサス・ヂン・コンパニー。

1、被保険者。保険契約者、またはこの保険の目的となつている貨物につき利害関係をもつに至つた者。

2、保険の目的、および保険金額。アメリカ合衆国テキサス州ブラウンズヴイル港から日本国神戸港に向け、汽船シトラス・パツカー号に積まれて送られる棉花のうち、

(イ)、東洋模範物産株式会社を着荷通知先および荷受人とする棉花梱包二九八俵。この保険金額米貨六万六千二百七十五ドル。(別表(1) の分。)

(ロ)、丸永株式会社を着荷通知先および荷受人とする棉花梱包三〇〇俵のうちの一〇〇俵。この保険金額米貨二万二千三百三十五ドル。(別表(4) の(イ)の分。)

3、保険期間。アメリカ合衆国テキサス州ブラウンズヴイル港の倉庫から、日本国神戸港に至り、荷受人または最終倉庫、あるいは工場に引渡されるまで。およびその途中の運送期間。

4、保険事故。

右期間中における、棉花の物理的損害、または火災を含む外部からの原因によるすべての損害、値上り価額による損害、および損害の発生に関連して生じた一切の損害。

(二)、保険契約者。カール・レーム・クール。

1、被保険者。前記(一)、の1、と同じ。

2、保険の目的、および保険金額。アメリカ合衆国テキサス州ブラウンズヴイル港から神戸港またはその他の日本国内の港に向け、汽船シトラス・パツカー号に積まれて送られる棉花のうち、株式会社小西商店を着荷通知先および荷受人とする棉花梱包二〇七俵。この保険金額米貨四万三千九百ドル。(別表(2) の分。)

3、保険期間。アメリカ合衆国テキサス州ブラウンズヴイル港の倉庫から、日本国神戸港またはその他の港、および棉花陸揚後最終的に保管される倉庫、または工場引渡に至るまで。およびその途中の運送期間。

4、保険事故。前記(一)、の4、と同じ。

(三)、保険契約者。ダラス・エクスボート・コンパニー。

1、被保険者。前記(一)、の1、と同じ。

2、保険の目的、および保険金額。前記(一)、の2、前文記載の棉花のうち、

(イ)、新興産業株式会社を着荷通知先、および荷受人とする棉花梱包一〇〇俵。この保険金額米貨二万一千八百二十ドル。(別表(3) の分。)

(ロ)、丸永株式会社を着荷通知先、および荷受人とする棉花梱包三〇〇俵のうちの二〇〇俵。この保険金額米貨四万五千七百九十ドル。(別表(4) の(ロ)の分。)

3、保険期間。前記(一)、の3、と同じ。

4、保険事故。前記(一)、の4、と同じ。

(四)、保険契約者。フアリス・アンド・コンパニー。

1、被保険者。前記(一)、の1、と同じ。

2、保険の目的、および保険金額。前記(一)、の2、前文記載の棉花のうち、丸紅株式会社を着荷通知先、および荷受人とする棉花梱包一〇〇俵。この保険金額米貨二万一千百二十ドル。(別表(5) の分。)

3、保険期間。前記(一)、の3、と同じ。

4、保険事故。前記(一)、の4、と同じ。

(五)、保険契約者。ジエー・エル・ゴールド・マン・アンド・コンパニー。

1、被保険者。前記(一)、の1、と同じ。

2、保険の目的、および保険金額。前記(二)、の2、の前段記載の棉花のうち、日邦貿易株式会社を着荷通知先、および荷受人とする棉花梱包九俵。この保険金額米貨千九百ドル。(別表(6) の分。)

3、保険期間。前記(二)、の3、と同じ。

4、保険事故。前記(二)、の4、と同じ。

また同原告は、同年八月二六日、フアリス・アンド・コンパニーを保険契約者とし、同会社との間に次のとおりの約款条項を含む損害保険契約を結んだ。

(六)、1、被保険者。前記(一)、の1、と同じ。

2、保険の目的、および保険金額。アメリカ合衆国テキサス州ガルヴエストン港から日本国神戸港に向け、汽船シトラス・パツカー号に積まれて送られる棉花のうち、フアリス・アンド・コンパニー、またはその指図人を荷受人とし、着荷通知先を東洋模範物産株式会社とする棉花梱包二〇〇俵。この保険金額米貨四万一千四百八十ドル。(別表(7) の分。)

3、保険期間。アメリカ合衆国テキサス州ガルヴエストン港の倉庫から、日本国神戸港を経て、最終的に保管される倉庫、または工場引渡に至るまで。およびその途中の運送期間。

4、保険事故。前記(一)、の4、と同じ。

原告セントポール火災海上保険株式会社(以下原告セントポールと略称する。)は、同年八月二六日、フエリヤー・メイソン・スミス・アンド・コンパニーを保険契約者とし、同会社との間に次のとおりの約款条項を含む損害保険契約を結んだ。

1、被保険者。前記(一)、の1、と同じ。

2、保険の目的、および保険金額。前記(六)、の2、前段記載の棉花のうち、竹村綿業株式会社を着荷通知先、および荷受人とする棉花梱包二〇四俵。この保険金額米貨四万六百九十ドル。(別表(8) の分。)

3、保険期間。アメリカ合衆国テキサス州ガルヴエストン港から日本国神戸港、および日本国内の最終的に保管される倉庫または工場まで。

4、保険事故。火災その他の原因による危険。なおこのほか、目的物の値上り価額、および損害発生に関連した一切の損害を填補する。

原告「ラ・スイス」コンパニー・アノニーム・ダシユアランス・ゼネラル(以下原告「ラ・スイス」と略称する。)は、同年七月一〇日、セルカト・サハミ・オート・サーデイ会社を保険契約者とし、同会社との間に次のとおりの約款条項を含む損害保険契約を結んだ。

1、被保険者。前記(一)、の1、と同じ。

2、保険の目的、および保険金額。同年八月一〇日イラン国テヘラン港から日本国神戸港に向け、汽船エルゼ・メルスク号に積まれて送られるイラン原棉のうち、江商株式会社を荷受人とする棉花梱包一九三俵。この保険金額米貨三万三千百九十ドル。(別表(9) の分。)

3、保険期間。イラン国テヘラン港から日本国神戸港に揚げ、その後最終的に保管される倉庫に入庫する時まで。

4、保険事故。火災その他の原因による危険。

二、原告ゼ・ホーム、同セントポール関係の保険の目的となつている棉花梱包を積んだウオーターマン・ステイームシツプ・コーポレイシヨン会社所属の汽船シトラス・パツカー号は、昭和二七年一〇月三日、日本国神戸港に入港した。そうして同船に積まれていた棉花は、同月五日までの間に同港に全部陸揚され通関手続の必要から、神戸税関構内にある被告所有の小野浜A-五号上屋(以下本件上屋という。)内に搬入され、被告の保管するところとなつた。

また、原告「ラ・スイス」関係の保険の目的となつている棉花梱包を積んだメルスクライン会社所属の汽船エルゼ・メルスク号は、同年九月二九日神戸港に入港し、右棉花はその頃同港に陸揚され、右と同じく本件上屋内に搬入され、被告がこれを保管していた。(以下、右各保険の目的となつている棉花を総称して本件棉花という。)

三、ところが昭和二七年一〇月五日午後八時二〇分過頃、本件上屋内から火が出て同上屋が全焼(以下本件火災という。)し、内部に保管されていた本件棉花のうち、別表損害欄に記載したとおりの各俵数が焼失してしまつた。

このため、当時本件棉花を所有していた別表荷受人欄記載の各荷受会社(以下これを全部含めて呼ぶときには荷受会社らという。)は、その焼失により、通常生ずべき損害として、次のような損害を受けた。

(一)、焼失した棉花の価格相当額の損害。

(イ)、焼失棉花の評価価格(保険契約を結んだときの)相当額。

(ロ)、値上り価格(神戸港に到着した時における市場価格の平均価格と、右評価価格との差額)相当額。

右(イ)、(ロ)、を加えた額がこれにあたる(たゞし別表(9) の分については、値上り価格がなかつたので右(イ)、のみ。)

(二)、調査費用(右火災によつて焼失した本件棉花の損害検査のために支出を余儀なくされた費用)相当額の損害(たゞし別表(7) の分をのぞく)。

(三)、その他(本件棉花につき、荷受会社らが原告らに対して保険金の支払を求めるために依頼したウワーレン・エフ・プロヴオストに対して支払つた報酬、およびその交渉のために支払を余儀なくされた通信費などの相当額)の損害(たゞし別表(7) (8) 、(9) の分をのぞく。)。

右荷受会社らの受けた損害の内訳、およびその金額は、いづれも別表損害欄記載のとおりである。

四、そこで原告らはいづれも、本件棉花の焼失を前記各保険契約に定めた保険事故と認定し、被保険者である荷受会社らの受けた右損害を填補するために、各保険契約にもとづき、荷受会社らに対し別表支払保険金額欄、および保険金支払日欄各記載のとおりそれぞれ保険金を支払つた。

五、ところで荷受会社らの受けた右損害は、後に述べるように被告の債務不履行によつて生じたものであるから、荷受会社らは被告に対し、本件焼失棉花につき損害賠償債権をもつている。そうして原告ゼ・ホーム、同セントポールについては、同原告らが江商株式会社をのぞく荷受会社らに対し前記のようにそれぞれ保険金を支払つたことにより、いづれも保険契約が結ばれた地の法律であるアメリカ合衆国の法律が適用される結果、法律上当然に保険金支払の限度において、江商株式会社をのぞく荷受会社らに代位して、それら荷受会社らの被告に対する右損害賠償債権を取得し、また原告「ラ・スイス」については、同原告が江商株式会社に対し前記のように保険金を支払つたことにより、保険契約の中で保険契約当事者が合意した準拠法であるイギリス法が適用される結果、これまた法律上当然に右保険金支払の限度で江商株式会社に代位して、被告に対する同会社の損害賠償債権を取得したのである。

六、さて、本件棉花の焼失につき荷受会社らは、原告らから保険金の支払を受けた当時、被告に対し次のような債務不履行による損害賠償債権をもつていた。

(一)、本件棉花は、昭和二七年九月二六日、荷受会社らと被告との間に結ばれた、荷さばき保管に関する契約により、被告が荷受会社らに引渡すために本件上屋に保管していたものであつたが、この契約にもとづく被告の荷受会社らに対する本件棉花の引渡債務が、本件火災によつて、焼失部分につき履行不能となつてしまつた。そのいきさつは、次のとおりである。

棉花の輸入については、通商産業省から棉花の輸入業者に対して一年分の輸入数量についての割当が行われるのであるが、その数量が大量であるため、輸入計画の実施に必要な配船、到着棉花の積取、陸揚、荷さばき、保管等については、民間貿易再開の頃、荷受会社らを含む関西地方の棉花輸入業者によつて組織された社団法人日本綿花協会(以下綿花協会という。)が業者の代理人となり、各方面と折衝することになつていたが、実際には綿花協会のうちに設けられた「綿花荷さばき委員会」がこれを処理していた。そうして神戸港における輸入棉花の右のような具体的処理方法を協議するために、綿花荷さばき委員の中の神戸港小委員と呼ばれる委員が荷受会社らを含む綿花協会の会員の代理人となり、輸入棉花が到着する前に、積荷本船がいつ入港するか、本船よりの積取、陸揚、荷さばき、保管は誰が行うか、などのことについて、神戸港における輸入棉花取扱の倉庫業者である被告および三菱倉庫株式会社(いづれも神戸支店。以下両者を共に含めて指すときは両倉庫という。)、港湾運送業者らと協議をし、それぞれ具体的に決定しこれを実施していた。そうして棉花の陸揚後の荷さばき、保管は、設備などの関係から、両倉庫がほゞ折半して交互にこれを行うことになつていたのである。

本件棉花についても、右通常の取扱方法と同じ方法で一切の処理がされた。まず、本件棉花を積んだ前記両汽船が、昭和二九年九月末と一〇月はじめに相次いで神戸に入港することが綿花荷さばき委員会に判明したので、同年九月二六日頃、同委員会の神戸港小委員と両倉庫、および港湾運送業者の間で協議がされ、その結果、荷受会社らの代理人である神戸港小委員と被告との間に、次のような内容の口頭による契約が結ばれた。

1、本件棉花を含む両汽船に積まれた輸入棉花は、全部被告所有の上屋内に搬入のうえ、被告が荷受会社らを含む荷受人のためこれを保管する。

2、保管料は、棉花搬入の日から一〇日間は棉花一トンにつき金百円、一一日以後七日間は同じく一トンにつき一日金十二円、それ以後は引渡の日まで同じく一トンにつき一日金十六円とする。

3、被告は、棉花の荷さばきをしたうえ、荷受会社らを含む荷受人、またはその指図人から引渡の請求があるまでこれを保管し、その請求があるときは、いつでもこれを引渡すものとする。

なお、本件棉花の各荷送人(保険契約者)と両汽船の所属する船会社との間の運送契約は、本件棉花を神戸港まで運送し、両汽船の舷側でこれを荷受人に引渡すという、いわゆる直渡の方法によるものとされていたので、本来ならば荷受人がめいめいに両汽船の舷側で本件綿花の引渡を受け、これを自分で被告の上屋まで運び、ここで被告に保管を託すわけであるが、これを一括して行うため、荷受会社らを含む荷受人は、前記神戸港小委員を通じ、右契約と同時に、両汽船の舷側から本件棉花を受取り、ハシケによつて回漕のうえ陸揚し、被告の上屋へ搬入するまでの仕事を、すべて被告に代つてやつてもらうことを委託し、被告はこれを承諾した。

両汽船が前記のとおり相次いで神戸港に入港すると、被告は右荷受人の委託にもとづき、エルゼ・メルスク号に積まれた棉花については三菱倉庫株式会社、シトラス・パツカー号に積まれた棉花については、ニツケル・アンド・ライオンズ株式会社に委託して、いづれも両汽船の舷側において荷受人のため棉花の引渡を受けて、ハシケにより被告の揚浜である小野浜の岸壁まで回漕のうえ陸揚を行わさせた。被告はこの棉花を荷さばきしつつ本件上屋内に搬入したのである。この陸揚から上屋内へ搬入するまでの作業は、エルゼ・メルスク号の棉花については昭和二七年九月二九日頃から、シトラス・パツカー号の棉花については同年一〇月三日から、いづれも同月五日までの間に行われたのであつて、被告は本件棉花をいづれもその陸揚を終えた時に荷受会社らからその引渡を受け、これを保管するに至つたものである。したがつて被告は、荷受会社らに対し、前記荷さばき、保管に関する契約にもとづき、本件棉花の引渡請求があればこれに応じ、たゞちにこれを引渡すべき債務を負つていたのであるが、前に述べたように本件上屋の火災によつて本件棉花の一部が焼失し、その結果、被告が焼失棉花を荷受会社らに対して引渡すことができなくなつてしまつたから、これにより荷受会社らの受けた損害を賠償しなければならない。

(二)、もし、右(一)、のように本件棉花の荷さばき、保管に関する契約が、神戸港小委員と被告との間に結ばれたものでないとすれば、それは前記船会社(エルゼ・メルスク号に積まれた棉花についてはメルスクライン会社、シトラス・パツカー号に積まれた棉花についてはウオーターマン・ステイームシツプ・コーポレイシヨン会社。)が荷受会社らの代理人として、右と同一内容の契約を被告との間に結び、本件棉花を被告に引渡して保管を委託したものである。したがつて被告は、荷受会社らに対し、右契約にもとづき、本件棉花の引渡請求があればこれに応じ、たゞちにこれを荷受会社らに引渡すべき債務を負つていたのであるから、(一)、と同様、その履行不能により荷受会社らの受けた損害を賠償しなければならない。

(三)、かりに、右(一)、(二)、の主張が容れられないとするならば、原告らは次のとおり主張する。

本件棉花については、船荷証券が発行されているのであるが、エルゼ・メルスク号に積まれた本件棉花については同汽船の所属するメルスクライン会社が昭和二七年九月二九日頃から、シトラス・パツカー号に積まれた本件棉花については同汽船の所属するウオーターマン・ステイームシツプ・コーポレイシヨン会社が同年一〇月三日から、いづれも同月五日までの間にかけての頃、被告に対し、本件棉花を引渡して、これを船荷証券の正当な所持人、またはこれにかわる荷渡指図書の正当な所持人に対して引渡すまで保管するように委託し、被告はこれを承諾した。このように被告が船会社との間に右のような契約を結んで本件棉花の引渡を受けこれを保管するに至つた場合には、被告は本件棉花をその船荷証券の所持人に対して直接引渡すべき債務を負うことが、慣習によつて認められている。そうして本件火災が発生した当時、荷受会社らはいづれも本件棉花に関する船荷証券を正当に所持していたのであるから、右慣習にもとづき、被告に対し本件棉花の引渡を請求できる債権をもつていた。したがつて被告は荷受会社らに対し、本件棉花の引渡請求があればこれに応じてたゞちにこれを荷受会社らに引渡すべき債務を負つていたのであるから、前と同様、その履行不能により荷受会社らの受けた損害を賠償しなければならない。

(四)、かりに右船会社と被告との間の(三)、に記載した契約により、慣習上たゞちに被告が本件棉花を船荷証券の正当な所持人である荷受会社らに対し引渡すべき債務を負うものでないにしても、右船会社と被告との間の契約は、被告が本件棉花を、第三者である荷受会社らに引渡すべきことを内容とする、いわゆる第三者のためにする契約であつて、荷受会社らはいづれも代理人である綿花荷さばき委員会神戸港小委員を通じて、本件棉花が神戸に到着する前である昭和二七年九月二六日頃、近い将来に船会社と被告との間に結ばれるはずの第三者のためにする契約につき、予め包括的に受益の意思表示をしておいた。かりにこれが受益の意思表示とならないにしても、その後本件棉花が相次いで神戸に到着し、船会社と被告との間に第三者のためにする契約が結ばれるとすぐ、おそくとも本件火災が発生する時までに、同様の方法で受益の意思表示をした。したがつて、右受益の意思表示があつたことにより、被告は荷受会社らに対し本件棉花を引渡すべき債務を負うに至つたのであるから、前と同様、その履行不能により荷受会社らの受けた損害を賠償しなければならない。

七、このように、荷受会社らは被告に対し債務不履行による損害賠償債権をもつているのであるから、原告らは荷受会社らに対し保険金を支払つたことにより、前に述べたとおり保険金支払額の限度で法律上当然に荷受会社らに代位して、被告に対する右損害賠償債権を取得したものである。

よつて原告ゼ・ホームは被告に対し、右債務不履行にもとづく損害賠償金合計金八千八百三十七万六百六十五円二十銭のうち金八千七百三十七万六百六十四円(差額のうち金百万円は別表(7) の分につき、保険委付による棉花公売代金百万円が原告に入金となつているからその支払を求めないのである。)、およびこれに対する同原告の訴状が被告に送達された日の翌日である昭和二九年四月一〇日からその支払をすませる日まで民法に定められた年五分の割合による遅延損害金を、原告セントポールは被告に対し、同じく損害賠償金一千三百万一千二百三十円、およびこれに対する同原告の訴状が被告に送達された日の翌日である同月六日からその支払をすませる日まで同じく年五分の割合による遅延損害金を、原告「ラ・スイス」は被告に対し、同じく損害賠償金一千百三十九万七千七十円八十銭、およびこれに対する同原告の訴状が被告に送達された日の翌日である同月一四日からその支払をすませる日まで同じく年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ支払うことを求める。

八、もし荷受会社らが被告に対し、債務不履行による損害賠償債権をもつておらず、原告らの右請求が容れられないとするならば、原告らは予備的に次のとおり第二次の請求をする。

本件火災により、荷受会社らの受けた別表損害欄記載の損害は、被告自身または被告の従業員の重大な過失によつて生じたものであるから、被告は失火の不法行為者としての責任を免れず、荷受会社らは被告に対し、不法行為にもとづく損害賠償債権をもつている。すなわち、

(一)、梱包された棉花は、きわめて強く圧縮してあるため、梱包の鉄帯と地面の接触、あるいは梱包どうしの接触によつて生ずるわずかな火花からでも引火するくらいであり、このことは、棉花の荷さばき、保管を取扱う者が誰でもよく知つていることである。したがつて被告は、本件棉花を取扱うに当つて、火の気に細心の注意を払わなければならないはずであつたし、本件上屋に搬入した後も少くとも一時間以上上屋の扉に錠をかけることなく開放しておいて、棉花の状態に異常がないかどうかをよく確かめねばならず、また本件上屋のように自動消火設備のないところでは、搬入後も夜間には少くとも三〇分ごとに監視員を巡回させて異常がないかどうかを監視させ、火災の防止、および早期発見に万全の措置をとるべきであつたのにかかわらず、被告はこの注意義務を怠り、火の気にも充分の注意を払わず、本件棉花を搬入した後わずか三〇分ほどで本件上屋の扉を閉めて錠をかけてしまい、また監視員も一時間ごとに巡視させたにすぎなかつた。

また本件火災が発生した当時、被告会社の従業員が本件上屋のすぐ近くで屑棉を焼きすてていたのを、被告は別にとがめもしないでいた。けれどもこの焼却から発する臭気は、本件上屋内で燃え出した本件棉花の燃焼する臭気とあまりにもまぎらわしく、このことが本件火災の早期発見の妨げとなり、消火の措置をとることを遅らせ、ついに本件上屋の全焼ということになつてしまつたのである。であるから、棉花の保管されている本件上屋の近くで屑棉を焼きすてることは、火災の早期発見の妨げとなることに思いを致し、被告として従業員の右のような行為を許すべきでなかつたのにかかわらず、慢然とこれを許していたのである。

これらはいづれも被告自身が本件棉花の保管につき、善良な管理者としての注意義務を尽さなかつたわけであり、被告にとつて重大な過失があつたといわなければならない。

(二)、かりに被告自身に重大な過失がなかつたとしても、本件火災による損害は、被告に傭われている者が、被告の事業を執行するについて重大な過失があつたために生じたものであるから、被告はその使用者として、荷受会社らの受けた損害を賠償しなければならない。

被告会社の監視員は、本件火災が発見される一時間くらい前の同夜七時過頃 本件上屋を巡視しているのであるが、梱包された棉花は火がついてもすぐに燃えひろがるものではないから、あるいはその頃すでに本件棉花には火がついていたのではないかとも思われるので、よく注意して巡視すればこれに気付き、たゞちに消火することができたはずであるのに、巡視がおろそかであつたためこれに気がつかず手おくれとなつてしまつた。

また前に述べたように、本件火災が発生した当時、被告会社の従業員は、本件上屋のすぐ近くで屑棉を焼きすてていたのであるが、その臭気によつて火災の早期発見の妨げになることに思いを致し、そのような場所で焼きすてるべきでなかつたのにかかわらず、うかつにも焼きすてていたため、その臭気により火災の発見がおくれる結果となつてしまつた。

このように被告の従業員は、火災の早期発見についての注意義務を尽さなかつたわけであり、しかもこれは重大な過失であつたといわなければならない。

そうして、原告らが荷受会社らに対し保険金を支払つたことにより、前に述べたとおり保険金支払額の限度において法律上当然に荷受会社らに代位して、被告に対する不法行為にもとづく損害賠償債権を取得したものである。

よつて原告らは被告に対し、不法行為にもとづく損害賠償金として、第一次の請求金額と同額の金員の支払を求める。

九、なお被告が主張する事実については、次のとおり答弁する。

(一)、本件棉花について、いわゆる総揚の方法がとられたことは否認する。

(二)、被告の主張する「神戸港揚棉花取扱契約」が存在すること、およびこの契約に関する被告の主張事実は、すべて否認する。

(三)、被告が、その主張するような各規定を含む「特許上屋保管規則」および「倉庫営業規則」を定めていることは認めるが、右両規則が本件棉花の保管に適用されるという被告の主張はあたらない。

(イ)、右両規則は、被告が自分だけで勝手に作つた内部規則に過ぎず、荷受会社らも、本件火災当時、このような規則があることを知らなかつたくらいである。このような規則が荷受会社らを拘束するためには、荷受会社らがその存在を知り、この規則にしたがう旨を被告との間に合意するか、あるいは少くともこの規則にしたがう意思を表示した場合に限るのであつて、このことは、たとい附合契約の理論をもつてくるとしてもかわりはないのである。

(ロ)、かりに本件棉花は、船会社自身が被告に保管を委託したものであり(前記原告ら主張中六、の(三)、(四)、の各主張。)、その際、船会社と被告との間で右両規則にしたがう旨を契約したとしても、本件棉花については船荷証券が発行されているのであるから、運送人である船会社と船荷証券の所持人との間においては、契約関係はすべて船荷証券に記載されているところにしたがつて定まるわけであるのに、右のような規則にしたがう旨の条項は、本件船荷証券中にはなにも記載されていない。したがつて、右船荷証券の正当な所持人である荷受会社らが被告に対する関係で右両規則の適用による拘束を受けるいわれは全くない。

(四)、被告の主張する「倉庫営業規則」第三一条第二号は、貨物が火災保険に附せられている場合の規定であつて、本件棉花について附せられた保険は海上損害保険であるから、この規定の場合にあてはまらないし、そもそもこの条項は、被告の保管する貨物に火災保険がつけられている場合には、火災による損害について被告が直接には損害賠償金を支払わないでよいということだけを規定しているに過ぎないものであつて、終局的に被告が免責されることまで規定したものではないのである。

(五)、かりに被告主張の「神戸港揚棉花取扱契約」が存在し、その中に被告の免責を規定した被告主張の特約条項があるとしても、またかりに「倉庫営業規則」第三一条第二号が被告の免責を規定した条項であるとしても、これらの条項は、「倉庫営業規則」第三〇条とともに、信義則にてらして無効であり、本件棉花には適用されない。というのは、もしこれら免責の条項が被告と荷受会社らとの間の合意にもとづいて適用されるということになれば、本件のような損害が発生した場合、被告の故意または重過失にもとづくもの以外の、被告の責に帰すべき事由によつて発生した損害については、被告はすべて損害賠償責任を免れることになる。そうなつては、荷受会社らが本件火災による損害賠償債権を放棄したことと同じであり、その結果原告らは、荷受会社らがもつべき損害賠償債権と同額の保険金支払義務を免れることになり、すでに支払つた保険金は荷受会社から返してもらえることにもなるのである。そうすると荷受会社らは、結局どこからも損害の填補を受けることができなくなつてしまうし、原告ら保険会社も今後右のような免責条項を含む規則や協定のある倉庫または上屋に搬入、保管する貨物に対しては、保険につけることを拒否することにもなりかねず、ひいては責任の分散、損害の共同負担という公益的意義をもつ保険制度の運用は根底からくづれることになる。したがつてこれら免責の条項は、信義則にてらし無効であつて、その適用が排除されなければならないものである。

(六)、かりに被告主張の「神戸港揚棉花取扱契約」が存在し、あるいは「倉庫営業規則」第三〇条の規定が適用される結果、原告らが、被告あるいはその使用人の故意または重大な過失を立証しなければならないのであるならば、原告らは、被告自身、あるいはその従業員に、前記原告主張中八、の(一)、または(二)、に述べたような重大な過失があつたことを主張し、これを立証する。

(七)、原告らの被告に対する不法行為による損害賠償債権が時効によつて消滅しているとの、被告の主張に対しては、荷受会社らが、被告またはその従業員の不法行為による本件棉花の焼失により損害を受けたことを知つたのが、本件火災のあつた二、三日後であることは認めるが、その余の事実は否認する。原告らは、すでに被告に対しては昭和二九年三月二九日に本訴を提起し損害賠償の請求をしているのであつて、その請求の態様が、債務不履行の一態様である履行不能を原因とするものではあつたけれども、その後昭和三一年三月二日の本件準備手続期日に、右請求に加えて、請求の基礎において同一性を失わない不法行為による損害賠償の請求を予備的に追加した。しかしながら、不法行為による損害賠償の請求がこの時はじめてされたとみるべきではなく、本訴提起の時にすでにされているとみなくてはならない。したがつてその時効期間は、昭和二九年三月二九日に中断されているから、原告らの取得した被告に対する不法行為による損害賠償債権はまだ消滅していない。

(八)、なお、その余の被告の主張する事実はすべて否認する。

以上のとおり述べ、証拠として、甲第一号証の一ないし一二、同第二ないし第五号証の各一ないし八、同第六、七号証の各一ないし七、同第八号証の一ないし六、同第九ないし第一二号証、同第一三号証の一、二、同第一四号証、同第一五号証の一ないし三、同第一六ないし第一八号証(第一八号証は写をもつて提出。)、同第一九号証の一ないし七、同第二〇号証の一、二、同第二一号証の一ないし三(各写をもつて提出。)、同第二二ないし第二六号証を提出し、証人伊津井豊治、同石川太吉、同船岡良雄、同小林信行、同山田淳、同瀬尾彦次郎、同三枝喜好、同難波正克、同浜本義男、同大木一男、同井元彦弥、同渡辺薫、同大沢則良、同作本裕の各証言を援用し、「乙第四号証の三五、同第一一ないし第一三号証、同第一四号証の一、および二ないし七の各イ、ロ、が、いづれも真正にできたものかどうかは知らない。その余の乙号各証が、いずれも真正にできたことを認める。」と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求め、次のとおり答弁した。

一、汽船シトラス・パツカー号、およびエルゼ・メルスク号が、原告ら主張の日に神戸港に入港し、本件棉花のうちエルゼ・メルスク号に積まれたものは三菱倉庫株式会社のハシケにより、シトラス・パツカー号に積まれたものはニツケル・アンド・ライオンズ株式会社のハシケによつて回漕されたうえ両社の手により小野浜の岸壁に陸揚され、昭和二七年一〇月五日本件火災当時、本件上屋内に保管されていたこと、同日午後八時二〇分過頃、本件上屋内から火が出て同上屋が全焼し、内部に保管されていた本件棉花のうち、原告主張の俵数が焼失してしまつたこと、棉花輸入業者によつて組織された社団法人日本綿花協会が存在し、これがフアリス・アンド・コンパニーをのぞく荷受会社ら(以下単にフアリスをのぞく荷受会社という。)を含む業者の代理人であること、梱包された棉花が引火しやすい性質をもつていること、本件上屋へ棉花を搬入した後、夜間は一時間ごとに監視員を巡回させていたことは、いづれもこれを認めるが、原告らが原告ら主張のような保険契約を結んだかどうか、荷受会社らに対し保険金を支払つたかどうかということ、および本件棉花の焼失による損害額が原告主張のとおりであるかどうかということは全く知らないし、その余の原告主張事実はすべて否認する。これを詳しく述べれば、次のとおりである。

二、被告はなんら荷受会社らに対し、原告らが請求原因第六項で主張するような債務不履行にもとづく損害賠償債務を負つていない。すなわち、

(一)、同項の(一)、の主張に対して。

原告ら主張のように、被告と荷受会社らとの間に本件棉花について荷さばき、保管に関する契約が結ばれたことはないし、かりにそのような口頭の話合があつたとしても、それは要物契約である寄託の性質をもつもので、被告は荷受会社らから本件棉花の引渡を受けたこともなく、また荷受会社らにかわつて両汽船の所属する船会社から本件棉花の引渡を受けたこともないのであるから、契約として成立していない。

被告は、本件棉花について、それが神戸港に到着した当時、両汽船の所属する船会社から運送途中の貨物として保管を委託され、「荷渡承認」のカウンターサインのある船荷証券、または船会社が被告にあてて発行した荷渡指図書の正当な所持人に対し、これと引換に本件棉花を引渡すべき旨を、船会社との間に約束したに過ぎないのであるから、これはあくまでも船会社のために保管していたものであつて、荷受会社らに頼まれて保管していたものではない。

海上運送により棉花を輸入する場合には、荷受人が自分で積荷本船の船側に行き船荷証券を呈示して現品を受取るといういわゆる直渡の方法がとられることはなく、現品はすべて船会社の委託するいわゆるステベ業者によつて陸揚され荷さばきされた後、船会社の発行する荷渡指図書の正当な所持人に対しこれと引換に引渡されるといういわゆる総揚の方法がとられるならわしとなつている。

このステベ業者の中には、船内荷役から陸揚までの作業だけを担当する狭い意味のステベ業者と、船内荷役から陛揚後の荷さばき、保管、引渡までの作業を一貫して担当する広い意味のステベ業者とがあつて、被告は倉庫業者であるとともに、神戸港におけるこの広い意味のステベ業者をも兼ねていた。そうして船会社は、船内荷役から引渡までの作業を一貫して広い意味のステベ業者に委託すること(いわゆる自社ステベの場合)もあり、また荷おろしから陸揚までの作業を狭い意味のステベ業者に委託し、陸揚後の作業のみを他の広い意味のステベ業者に委託すること(いわゆる他社ステベの場合)もあるのであるが、本件棉花については、この他社ステベの方法がとられた。すなわち、エルゼ・メルスク号の棉花については三菱倉庫株式会社が、シトラス・パツカー号の棉花についてはニツケル・アンド・ライオンズ株式会社が、それぞれ狭い意味のステベ業者として船会社から委託を受け、本件棉花を船内荷役により荷おろしし、これをハシケまたは人夫によつて陸揚するまでの作業を行い、そり後の荷さばき、保管などの作業については、被告が広い意味のステベ業者として、船会社から委託をうけ、これを行つたのである。したがつて被告が本件棉花を本件上屋に保管していたのは、全く船会社からの委託によるもので、決して荷受会社らから保管を委託されたものではないのであるから、荷受会社らに対し直接本件棉花を引渡すべき債務は負つていないのである。

もつとも、当時被告が広い意味のステベ業者として棉花の荷さばき、保管をする場合には、搬入の日から一四日目までは一日一トンにつき金十円、一五日目から二一日目までは同じく金十二円、二二日目から後は同じく金十六円の上屋保管料を荷受人から支払つてもらうことになつていた。しかしこれは、棉花の海上運賃の中に、棉花が船側を離れてから荷受人に引渡されるまでの諸経費が含まれていないため、ステベ業界の慣習で、ステベ業者が船会社にかわつて荷受人からこの料金を受取つているのであり、本来なら一旦これを船会社に渡したうえ、あらためて同額の金を船会社から受取るべきであるのを、便宜その手数をはぶいてそのまま自分の収入としているのである。したがつてこの慣習にしたがい、被告が右のように取決めてその支払をうけているに過ぎないのであるから、このことをもつてただちに被告が荷受会社から本件棉花の寄託を受けたものと見ることは誤りである。また綿花協会と両倉庫との間には「神戸港揚棉花取扱契約」と呼ばれる棉花の荷さばきに関する契約があつて、これによると、

(イ)、神戸港に輸入する棉花総数の五割は三菱倉庫株式会社の倉庫内に、他の五割は被告の倉庫内に陸揚し、棉花の輸入業者はその荷さばきを両倉庫に委託すること。

(ロ)、両倉庫は、その荷さばき所における棉花に対し、雨もりその他普通倉庫の営業において負担する一切の損害についてその責に任ずるが、火災に関する損害については、故意または重大な過失のある場合をのぞくほか、損害賠償の責任がないし、火災保険をつける義務もないこと。

などをその契約の内容に含んでいるので、いかにも被告が、輸入業者の代理人である綿花協会から保管を委託されて棉花を保管するものであるかのように見られやすいけれども、右契約は、輸入業者が両倉庫に対し、ただ棉花の荷さばき作業を委託する趣旨の契約であつて、棉花の保管を委託する趣旨までは含まれておらず、寄託契約の性質をもつものではないのである。

(二)、同項の(二)、の主張に対して。

船会社が、荷受会社らから原告ら主張のような契約を結ぶについて代理権を与えられたことは否認する。

(三)、同項の(三)、の主張に対して。

前に述べたように、被告は船会社から本件棉花の保管を委託され、カウンターサインのある船荷証券または荷渡指図書の正当な所持人に対しこれを引渡すべき旨を約束しているが、この引渡すべき債務はあくまで船会社に対する関係で負担しているに過ぎないのであつて、それだけでただちに船荷証券の所持人に対して直接本件棉花を引渡すべき債務を負うものでもないし、そのような慣習も存在しない。

かりに荷受会社らが、本件火災の発生した当時すでに本件棉花についての船荷証券を所持していたとしても、それだけでたゞちに船荷証券の所持人として本件棉花の引渡債権をもつものではない。というのは、荷受人が棉花の引渡を求めるためには、まず到着港の船会社(またはその代理店)へ船荷証券を提出し、船会社からこれに「荷渡承認」のカウンターサインをしてもらうか(もつともこの方法は、現在はほとんど行われていない。)、船荷証券と引換に船会社から棉花を保管するステベ業者に宛てた荷渡指図書を発行してもらい、右いづれかのものをステベ業者に呈示してはじめて引渡債権をもつに至るのである。本件棉花については、本件火災が発生した当時、荷受会社らはカウンターサインのある船荷証券、またはこれにかわる荷渡指図書をもつておらず、たといもつていたとしてもこれをステベ業者である被告に呈示していないから、被告が本件棉花を、船荷証券の所持人としての荷受会社らに対して引渡すべき債務は、まだ生じていなかつた。

(四)、同根の(四)、の主張に対して。

船会社と被告との間の本件棉花についての保管委託の契約は、いわゆる第三者のためにする契約を結んだ趣旨ではないが、かりにそうだとしても、本件火災当時までに、すでに受益の意思表示がされていたことは否認する。

三、かりに本件棉花について、被告に何らかの債務不履行があつたとしても、原告らの請求は次のような理由でいわれがない。

(一)、前に述べたように、「神戸港揚棉花取扱契約」の中には、「両倉庫は、荷さばき所における棉花に対し、火災に関する損害については、故意または重大な過失のある場合を除くほか損害賠償の責任がない。」旨の特約が含まれているのであるから、荷さばき所である本件上屋で発生した本件火災による損害については、荷受会社らの被告に対する損害賠償債権を法律上代位して取得したと主張する原告らが、被告に故意または重大な過失のあつたことを立証しない限り、被告はこれを賠償する義務を負わないのである。

そもそも「神戸港揚棉花取扱契約」は、綿花協会の前身で、棉花輸入業者によつて組織されていた日本棉花同業会と、三菱倉庫株式会社神戸支店との間に、明治三八年一二月に結ばれたもので、その後大正六年五月に至つて被告がこれに加わり、神戸港における輸入棉花の陸揚後の荷さばきは、すべてこの契約によつて行われて来たのであるが、太平洋戦争中に日本棉花同業会が解散したため、自然消滅のかたちとなつていたものを、戦後、右同業会の業務を引つぐ目的で設立された綿花協会が、民間貿易再開と同時に、両倉庫との間に、内容を全くそのまま踏襲し、いわばこれを復活させる形で現在の新しい契約を結んだものなのである。被告と、フアリスをのぞく荷受会社の代理人である綿花協会との間には、このような火災による免責についての特約があるから、本件棉花についても、被告に故意または重大な過失のあることが明らかにされない限り、被告は損害賠償の義務はない。なおフアリス・アンド・コンパニーは、日本における棉花輸入業者でなく、したがつて綿花協会の会員ではないけれども、本件棉花のうち同社の分(別表(7) の分)は、荷送人である同社が綿花協会の会員である東洋模範物産株式会社に対し、日本における輸人の手続から陸揚、荷さばきないし売さばき方一切を委託したものであるから、その所有権の帰属は別として、被告の本件上屋における保管関係については、全く会員であるフアリスをのぞく荷受会社が自ら荷受した棉花と変りがなく、したがつて右免責の特約は、この棉花についても効力が及ぶものといわなければならない。

(二)、かりに右「神戸港揚棉花取扱契約」による免責の特約が認められないとすれば、被告は次のとおり主張する。

本件上屋は、関税法上の特許上屋にあたるので、これに保管する貨物に関しては、被告が「特許上屋保管規則」を制定しており、その第一条第二項には、

「この規則に規定のない事項については、当会社の倉庫営業規則による。」

旨が規定されている。一方、被告は倉庫業法に準拠して「倉庫営業規則」を制定しているが、その第三〇条には、

「寄託者または証券所持人に対して当会社が賠償の責に任ずる損害は、当会社またはその使用人の故意または重大な過失によつて直接に生じたことが明瞭な場合に限る。

前項の場合に、当会社に対して損害賠償を請求しようとする者は、その損害が当会社またはその使用人の故意または重大な過失によつて直接に生じたものであることを証明しなければならない。」

旨規定されているのである。そうして被告は、本件火災以前からいつ誰が来ても見易いように、神戸支店事務所、および同支店小野浜事務所内に、右「特許上屋保管規則」と「倉庫営業規則」を掲示して、その内容を公にしていたのである。

このような場合、棉花を寄託する者、あるいは保管された棉花の引渡を求めうる権利者など被告と取引関係に立つ当事者は、別に特約をしなくてもこの両規則によつて律せられることになるのが附合契約の理論から言つて当然のことであつて、これはむしろ一つの制度となつているともいうべきものである。したがつて、当事者が特に右両規則の適用を排除する旨の意思表示をしない限り、この規則に従う意思で取引をするものと推定されるわけであるし、そうでなくても、この両規則によつて律せられることになるのは、倉庫業界における取引上永年にわたる一般の慣習となつているのである。この両規則が適用される結果、「倉庫営業規則」第三〇条の規定により、荷受会社らの受けた損害が被告またはその使用人の故意または重大な過失によつて直接生じたものであることが明らかにされない限り、被告は荷受会社らに損害賠償をする義務がないのであるから、この点についての立証責任は、右(一)、の場合と同様、荷受会社らの被告に対する損害賠償債権を取得したと主張する原告らにあるというべきである。

(三)、被告またはその使用人に故意または重大な過失のないことはもとよりであるが、もし原告らが、被告またはその使用人の故意または重大な過失を証明することができたとしても、被告はなお損害賠償の責任を負わない。というのは、右に述べた「倉庫営業規則」第三一条第二号には、

「火災保険者が損害填補の責任を有する損害については、当会社はその責に任じない。」

旨が規定されており、この規則が本件棉花について適用のあることは前に述べたとおりであるからである。もつとも右規定のなかには、「火災保険者」という言葉が使われているが、ここにいう火災保険とは、狭い意味の火災保険に限らず、海上損害保険であつても火災の損害を填補するため保険契約が結ばれた場合をすべて含む趣旨であるから、本件棉花についても右免責規定が適用されることはもちろんである。そうして原告らが自ら主張するような保険契約にもとずき、本件火災による損害の填補として荷受会社らに保険金を支払つているのであるから、右規定により被告は免責されるのである。

四、被告は荷受会社らに対し、不法行為にもとづく損害賠償債務も負つていない。本件火災につき、被告またはその従業員にはなんら過失がないからである。すなわち、

(一)、梱包された棉花は引火しやすい性質をもつているから、それだけに被告は、棉花の荷さばき、保管の取扱について、火の気には細心の注意を払つているのである。陸揚された本件棉花は、岸壁から本件上屋の戸前口までトラクターに積んで運搬したうえ、ここで一度全部をおろし、そこからネコ車によつて梱包一俵づつを上屋内に運び入れ、所定の場所で慎重に荷印別に整理して一山ごとに積みかさねられ(これを垪付―ハイツケ―という。)たのであるが、被告は本件上屋内はもとよりのこと、そこに至るまでの間の作業現場において、タバコを含む火気一切を厳禁し、日頃から棉花の火の発見については充分の訓練と経験をつんだ作業員によつて荷さばきを行つたのであるから、火の気を見過すような不注意をするわけがない。また本件棉花の搬入は、火災当日午後三時半頃そのすべてを終つているが、午後四時一五分頃から約一二分ぐらいにわたり、本件上屋内を警備員柳功郎、同小川広、上屋庫番原宇三夫がそれぞれ細心の注意を払つて巡視点検し、何の異状もないことを確かめたうえ、午後四時二七分過に本件上屋の扉を閉めて錠をかけているのであるから、搬入後約一時間の間錠をかけずに安全を確認しているのである。そうして搬入後も夜間一時間ごとに警備員が巡視していたのであるが、この措置に対して税関や消防署からなんらの注意勧告も受けていないくらいであつて、棉花を取扱う倉庫業者として、これだけの巡視をしていれば充分注意義務を果しているものというべきである。なお本件上屋附近で被告の従業員が屑棉を焼きすてていたことはない。したがつて被告は本件火災についてすこしも過失がないのである。

(二)、また右に述べたように、被告の警備員が本件上屋の巡視をおろそかにしたようなことがなく、被告の従業員が本件上屋附近で屑棉をもやしていたことはないのであるから、これらの者に過失はなく、したがつて被告もその使用者として損害賠償義務を負うわけがない。

五、かりに被告に不法行為があるとしても、前に述べた「倉庫営業規則」第三一条第二号の規定により前に四、の(三)、のところで述べたのと同様に、損害賠償の責任はないのである。

六、かりに被告が荷受会社らに対し、不法行為による損害賠償債務(被告の従業員の不法行為による使用者としての損害賠償債務を含む。)を負つており、原告らが保険金を支払つたことにより、荷受会社らの被告に対する右損害賠償債権を取得したとしても、この債権はすでに時効によつて消滅している。すなわち、本件火災が発生したのは昭和二七年一〇月五日であり、荷受会社らはその頃おそくとも二、三日後には本件棉花の焼失による損害、およびそれが被告またはその従業員の不法行為によつて生じたものであることを知つたのである。ところが原告らが、荷受会社らから右損害賠償債権を取得したとしてこれにもとずき、被告に対し損害賠償金の支払を請求したのは、本訴提起後である昭和三一年三月二日の本件準備手続期日においてであつて、荷受会社らが右事実を知つた日からすでに三年以上を経過していることが明らかだからである。

七、かりに被告に対する損害賠償債権が時効によつて消滅していないとしても、被告は、前に述べたように、棉花の取扱について充分の訓練と経験をつんだ従業員を使つて本件棉花の荷さばきを取扱わさせ、かつ、作業現場において火気一切を厳禁するなど、荷さばき事業を行うにつき充分の監督をしていたものであるから、すくなくとも使用者としての損害賠償責任は免れ得るものである。

八、被告の主張に対し、原告らが答弁として主張している事実は、すべて否認する。

よつて原告らの本訴請求は、いづれの点からみても失当であるから、棄却されるべきである。

以上のとおり答弁し、証拠として、乙第一号証の一、二、同第二、三号証、同第四号証の一ないし三五、同第五ないし第一三号証、同第一四号証の一、および二ないし七の各イ、ロ、を提出し、証人渡辺相吉、同深萱武夫、同佐藤毅臣、同柳功郎、同小川広、同西郷吉郎、同山腰準吉、同川口三郎、同伯谷恵一、同岡部健、同森本忠正、同古山綾夫、同下村泰介、同土井寅司、同浜本義男の各証言、および検証の結果を援用し、「甲第一号証の九、同第二ないし第四号証の各七、同第六号証の六、同第一二号証、同第一三号証の一、二、同第一四号証、同第一五号証の一ないし三、同第一八号証(原本の存在することも認める。)、同第二一号証の一ないし三(原本の存在することも認める。)、同第二六号証が、いづれも真正にできたことを認める。その余の甲号各証が、いづれも真正にできたものかどうかは知らない。」と述べた。

理由

一、証人伊津井豊治の証言により真正にできたものと認める甲第一号証の一ないし三、同号証の一〇ないし一二、同小林信行の証言により真正にできたものと認める同第二号証の一および八、同山田淳の証言により真正にできたものと認める同第三号証の一および八、前記甲第一号証の一ないし三、同第二、三号証の各一と作成名義人の署名が同一で、文書の形式、体裁も同一であると認められるところから真正にできたものと認める同第四、五号証の各一、証人難波正克の証言により真正にできたものと認める同第四号証の八、および同第五号証の七、八、同石川太吉の証言により真正にできたものと認める同第六号証の一および七、同船岡良雄の証言により真正にできたものと認める同第七号証の一および七、証人伊津井豊治の証言および弁論の全趣旨によつて真正にできたものと認める同第八号証の二、および四ないし六、同三枝喜好の証言により真正にできたものと認める同第九号証および同第一九号証の七、同瀬尾彦次郎の証言により真正にできたものと認める同第一〇、一一号証、証人伊津井豊治、同小林信行、同山田淳、同石川太吉、同船岡良雄、同三枝喜好、同瀬尾彦次郎の各証言、ならびに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

原告ゼ・ホームは、一九五二年(昭和二七年)八月三〇日、次の各保険契約者との間に、それぞれ次の約款条項を含む損害保険契約を結んだ。

(一)、保険契約者。テキサス・ヂン・コンパニー。

1、被保険者。保険契約者、またはこの保険の目的となつている貨物につき利害関係をもつに至つた者。

2、保険の目的、および保険金額。アメリカ合衆国テキサス州ブラウンズヴイル港から日本国神戸港に向け、汽船シトラス・パツカー号に積まれて送られる棉花のうち、

(イ)、東洋模範物産株式会社を着荷通知先とし、荷送人である保険契約者が指図した同会社を荷受人とする棉花梱包二九八俵。この保険金額米貨六万六千二百七十五ドル。(別表(1) の分。)

(ロ)、丸永株式会社を着荷通知先とし、大阪大和銀行指図人が指図した同会社を荷受人とする棉花梱包一〇〇俵。この保険金額米貨二万二千三百三十五ドル。(別表(4) の(イ)の分。)

3、保険期間。(イ)については、アメリカ合衆国テキサス州ブラウンズヴイル港の倉庫から、日本国神戸港を経て荷受人または最終的に保管される倉庫に引渡されるまで。およびその途中の運送期間。

(ロ)については、右期間のほか日本国内の工場までを含む。

4、保険事故。右期間中における棉花の物理的損害、または火災を含む外部からの原因によるすべての損害(値上り価額による損害も特に含む。)。

(二)、保険契約者。カール・レーム・クール。

1、被保険者。前記(一)、の1、と同じ。

2、保険の目的、および保険金額。アメリカ合衆国テキサス州ブラウンスヴイル港から神戸港またはその他の日本国内の港に向け、気船シトラス・パツカー号に積まれて送られる棉花のうち、株式会社小西商店を着荷通知先とし、荷送人である保険契約者が指図した同会社を荷受人とする棉花梱包二〇七俵。この保険金額米貨四万三千九百ドル。(別表(2) の分。)

3、保険期間。アメリカ合衆国テキサス州ブラウンズヴイル港の倉庫から神戸港またはその他の日本国内の港を経て、荷受人または最終的に保管される倉庫に引渡されるまで。およびその途中の運送期間。

4、保険事故。前記(一)、の4と同じ。

(三)、保険契約者。ダラス・エクスポート・コンパニー。

1、被保険者。前記(一)、の1、と同じ。

2、保険の目的、および保険金額。前記(一)、の2、前文記載の棉花のうち、

(イ)、新興産業株式会社を着荷通知先とし、荷送人である保険契約者が指図した同会社を荷受人とする棉花梱包一〇〇俵。この保険金額米貨二万一千八百二十ドル。(別表(3) の分。)

(ロ)、丸永株式会社を着荷通知先とし、荷送人である保険契約者が指図した同会社を荷受入とする棉花梱包二〇〇俵。この保険金額米貨四万五千七百九十ドル。(別表(4) 、の(ロ)、の分。)

3、保険期間。(イ)、については、前記(一)、の3、の(イ)、と同じ。

(ロ)、については、前記(一)、の3、の(ロ)、と同じ。

4、保険事故。前記(一)、の4、と同じ。

(四)、保険契約者。フアリス・アンド・コンパニー。

1、被保険者。前記(一)、の1、と同じ。

2、保険の目的、および保険金額。前記(一)、の2、前文記載の棉花のうち、丸紅株式会社を着荷通知先とし、荷送人である保険契約者の指図した同会社を荷受人とする棉花梱包一〇〇俵。この保険金額米貨二万一千百二十ドル。(別表(5) の分)。

3、保険期間。前記(一)、の3、の(イ)、と同じ。

4、保険事故。前記(一)、の4、と同じ。

(五)、保険契約者。ジー・エル・ゴールドマン・アンド・コンパニー。

1、被保険者。前記(一)、の1、と同じ。

2、保険の目的、および保険金額。前記(二)、の2、前段記載の棉花のうち、日邦貿易株式会社を着荷通知先とし、荷送人である保険契約者の指図した同会社を荷受人とする棉花梱包九表。この保険金額米貨千九百ドル。(別表(6) の分。)

3、保険期間。前記(二)、の3、と同じ。

4、保険事故。前記(二)、の4、と同じ。

また同原告は、同年八月二六日、フアリス・アンド・コンパニーを保険契約者とし、同会社との間に次のとおりの約款条項を含む損害保険契約を結んだ。

(六)、1、被保険者。前記(一)、の1、と同じ。

2、保険の目的、および保険金額。アメリカ合衆国テキサス州ガルヴエストン港から日本国神戸港に向け、汽船シトラス・パツカー号に積まれて送られる棉花のうち、東洋模範物産株式会社を着荷通知先とし、荷送人である保険契約者の指図人を荷受人とするが、まだその荷受人を指図しないままの棉花梱包二〇〇俵。この保険金額米貨四万一千四百八十ドル。(別表(7) の分)。

3、保険期間。アメリカ合衆国テキサス州ガルヴエストン港の倉庫から、日本国神戸港を経て荷受人または最終的に保管される倉庫に引渡されるまで、およびその途中の運送期間。

4、保険事故。前記(一)、の4、と同じ。

原告セントポールは、同年八月二六日、フエリヤー・メイソン・スミス・アンド・コンパニーを保険契約者とし、同会社との間に次のとおりの約款条項を含む損害保険契約を結んだ。

1、被保険者。前記(一)、の1、と同じ。

2、保険の目的、および保険金額。前記(六)、の2、前段記載の棉花のうち、竹村綿業株式会社を着荷通知先とし、チエース・ナシヨナルバンクの指図した同会社を荷受人とする棉花梱包二〇四俵。この保険金額米貨四万六百九十ドル。(別表(8) の分。)

3、保険期間。アメリカ合衆国テキサス州ガルヴエストン港から日本国神戸港を経て、最終的に保管される倉庫庫、または工場に引渡されるまで、およびその途中の運送期間。

4、保険事故。火災その他の原因による危険。なおこのほか、特に目的物の値上り価額による損害を含む。

原告「ラ・スイス」は、同年七月一〇日、セルカト・サハミ・オート・サーデイ会社を保険契約者とし、同会社との間に次のとおりの約款条項を含む損害保険契約を結んだ。

1、被保険者。前記(一)、の1、と同じ。

2、保険の目的、および保険金額、イラン国テヘラン港から日本国神戸港に向け、汽船エルゼ・メルスク号に積まれて送られるイラン原棉のうち。荷送人である保険契約者の指図した江商株式会社を荷受人とする棉花梱包一九三俵。この保険金額米貨三万三千百九十ドル。(別表(9) の分)

3、保険期間。イラン国テヘラン港から日本国神戸港を経て最終的に保管される倉庫に引渡されるまで。およびその途中の運送期間。

4、保険事故。火災その他の原因による危険。

以上の事実が認められ、この認定をくつがえすに足りる証拠はない。

二、原告ゼ・ホーム、同セントポール関係の右保険の目的となつている棉花梱包を積んだウオーターマン・ステイームシツプ・コーポレイシヨン会社所属汽船シトラス・バツカー号が昭和二七年一〇月三日日本国神戸港に入港し、この棉花が同月五日までにニツケル・アンド・ライオンズ株式会社のハシケによつて小野浜の岸壁に回漕されたうえ陸揚され、被告所有の小野浜A-五号上屋内に搬入されて被告の保管するところとなつたこと、原告「ラ・スイス」関係の保険の目的となつている棉花梱包を積んだメルスクライン会社所属汽船エルゼ・メルスク号が同年九月二九日神戸港に入港し、この棉花が同年一〇月五日までに三菱倉庫株式会社のハツケによつて小野浜の岸壁に回漕されたうえ陸揚され、同じく本件上屋に搬入されて被告の保管するところとなつたこと、昭和二七年一〇月五日午後八時二〇分過頃、本件上屋内から火が出て同上屋が全焼し、内部に保管されていた本件棉花のうち、別表損害欄記載のとおりの各俵数が焼失してしまつたことは、いづれも当事者間に争いがない。

三、そうして、前記一、において認定した事実をもととし、証人伊津井豊治の証言により真正にできたものと認める甲第一号証の四ないし八、同小林信行の証言により真正にできたものと認める同第二号証の二ないし六、同山田淳の証言により真正にできたものと認める同第三号証の二ないし六、右各証と文書の形式、体裁、内容が同一であることと弁論の全趣旨にてらして真正にできたものと認める同第四、五号証の各二ないし六、同石川太吉の証言により真正にできたものと認める同第六号証の二ないし五、同船岡良雄の証言により真正にできたものと認める同第七号証の二ないし六、同伊津井豊治の証言および弁論の全趣旨によつて真正にできたものと認める同第八号証の一および三、同三枝喜好の証言により真正にできたものと認める同第一九号証の一ないし四および六、同瀬尾彦次郎の証言により真正にできたものと認める同第二〇号証の一、二、証人伊津井豊治、同小林信行、同山田淳、同石川太吉、同船岡良雄、同三枝喜好、同瀬尾彦次郎の各証言、および弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実が認められるる。

本件上屋の火災当時、フアリスをのぞく荷受会社は、本件棉花につき荷受人として各船会社の発行した船荷証券を手に入れ別表数量欄記載の各荷受棉花を所有しており、また同表記載(7) のフアリス・アンド・コンパニー関係の棉花については、当時まだ荷送人である同社が荷受人を指図するまでに至つていなかつたため、ひきつゞき同社がこれを所有していたのであるが、本件上屋の火災によつて、本件棉花のうち別表損害欄記載のとおりの各俵数が焼失してしまつたことにより、荷受会社らは、次のような損害を受けた。

(一)、焼失棉花の価格相当額の損害。

(イ)、焼失棉花の評価価格(保険契約を結んだときの)相当額。

(ロ)、値上り価格(神戸港に到着した時における市場価格の平均価格と、右評価価格との差額)相当額。

右(イ)、(ロ)を加えた額がこれにあたる(たゞし別表(9) の江商株式会社については右(イ)、のみ)。

(二)、調査費用(右火災によつて焼失した本件棉花の損害検査のために支出を余儀なくされた費用)相当額の損害(たゞし別表(7) のフアリス・アンド・コンパニーをのぞく。)。

(三)、その他(本件棉花につき、荷受会社らが原告らに対して保険金の支払を求めるために依頼したウワーレン・エフ・プロヴオストに対して支払つた報酬、およびその交渉のために支払を余儀なくされた通信費などの相当額)の損害(たゞし別表(7) のフアリス・アンド・コンパニー、(8) の竹村綿業株式会社、(9) の江商株式会社をのぞく。)。右荷受会社らの受けた損害の内訳、およびその金額は、いづれも別表損害欄記載のとおりである。

そこで原告らはいづれも、本件棉花の焼失を前記各保険契約に定めた保険事故と認定し、被保険者である荷受会社らの右損害を填補するために、各保険契約にもとづき、荷受会社らに対し、別表支払保険金額、保険金支払日各欄記載のとおり、それぞれ保険金を支払つた。

右の事実が認められ、この認定に反する証人山田淳、同瀬尾彦次郎の各証言部分は、証人石川太吉の証言および弁論の全趣旨にてらしてにわかに信用することができず、ほかにまた右認定をくつがえすに足りる信用すべき証拠はない。

四、ところで原告らは、本件上屋の火災による損害につき、荷受会社らは被告に対し債務不履行による損害賠償債権をもつており、原告らが右のように荷受会社らに対して保険金をそれぞれ支払つたことによつて法律上当然に、荷受会社らに代位して、被告に対する荷受会社らの損害賠償債権を取得したと主張しているので、まず、荷受会社らが被告に対し債務不履行による損害賠償債権をもつていたかどうかについて判断する。

五、原告らは第一に、本件棉花は、荷受会社らと被告との間に結ばれた荷さばき、保管に関する契約により、被告が荷受会社らに引渡すために荷受会社らから委託をうけて本件上屋に保管していたものであつて、この契約にもとづく被告の荷受会社らに対する本件焼失棉花の引渡債務が本件火災によつて履行不能となつてしまつたものであると主張するのに対し、被告は荷受会社らから本件棉花の保管を委託されたのではなく、船会社から保管を委託されていたのに過ぎないから、荷受会社らに本件棉花を引渡すべき債務は、はじめから負つていない、と主張する。そこでこの点について、前記ならびに後記の当事者間に争いのない事実、およびいつれも真正にできたことに争いがない甲第一号証の九、同第二ないし第四号証の各七、同第六号証の六、同第一三号証一、二、同第一五号証の一ないし三、同第一八号証、同第二一号証の二、三、乙第二、三号証、同第四号証の三、九、一〇、一一、二二、(甲第一八号証と、同第二一号証の二、三については、原本の存在することも争いがない。)証人古山綾夫の証言ならびに弁論の全趣旨によつて真正にできたものと認める甲第二一号証の一、同下村泰介の証言によつて真正にできたものと認める乙第一一、一二号証、証人土井寅司、同井元彦弥、同浜本義男、同下村泰介、同小林信行、同大木一男、同渡辺相吉、同佐藤毅臣、同瀬尾彦次郎、同伊津井豊治、同難波正克、同渡辺薫、同岡部健、同古山綾夫、同森本忠正の各証言ならびに検証の結果を綜合すると、次の事実を認めることができる。

(一)、我が国では、日清戦争の頃から急速に紡績業が発展し、それとともに諸外国から輸入する原棉の量もふえて来たのであるが、紡績会社が多く関西地区にあつたため、その大部分が神戸港に陸揚されていた。しかし明治三八年頃までは神戸港には棉花の荷さばきをする施設がなく、陸揚された棉花は野ざらしのままにされたり、砂地の上に建てられたほんの雨よけ程度のバラツクに積み上げておくような状態であつたため、荷さばきに不便であるばかりでなく棉花がいたむことがあつたので、棉花商や紡績会社などの棉花輸入業者の要望に答え、明治三八年に当時東京倉庫株式会社といつた三菱倉庫株式会社が、神戸港和田岬に保管上屋を含む棉花荷さばき施設をはじめて作つた。そうして、棉花輸入業者によつて組織された日本棉花同業会の会員と、同会社との間に「神戸港揚棉花取扱契約」と呼ばれる契約を結んで、神戸港に輸入される棉花は、すべて東京倉庫株式会社がその荷さばきを行つていた。その後棉花の輸入数量がますます増えて来たので、大正六年に至り、当時東神倉庫株式会社といつていた被告が、神戸港小野浜に同様の棉花荷さばき施設を作り、右「神戸港揚棉花取扱契約」の当事者として加わることになり、同年五月、日本棉花同業会の会員を代理する同会会長と、三菱倉庫株式会社、被告の三者間で、次のような趣旨の条項を含む「神戸港揚棉花取扱契約」を結んだ。

(イ)、日本棉花同業会会員が神戸港に輸入する棉花総数の六割は三菱倉庫株式会社構内に、他の四割は被告会社構内に陸揚し、その荷さばき方を両倉庫に委託する。

(ロ)、この契約により荷さばきをする棉花の無料上屋蔵置期間は、マーク仕訳済通知書発送後七日間とし、その後は両倉庫の都合により引取人の費用をもつて普通倉庫に移して保管をすることができる。また会員の都合により普通倉庫に移さないで引きつゞきそのまま上屋内に蔵置する場合は、マーク仕訳済通知書発送の翌日より八日間は無料とし、その期間経過後は、会員は所定の上屋整理科を支払うものとする。

(ハ)、この契約により取扱う棉花については、両倉庫は、ハシケ船、維繋本船、あるいはその倉庫扱の沖懸本船よりする陸揚上屋入、マークおよび員数の仕訳、陸上よりハシケヘの積込、その他陸上における一切の荷役を取扱うものとする。これに対し会員は、陸揚上屋入賃(仕訳賃込)、看貫賃を含む所定の諸掛賃を支払うものとする。

(ニ)、両倉庫は、その荷さばき所における棉花に対し、雨もりその他普通倉庫の営業において負担する一切の損害についてその責に任ずる。たゞし火災に関する損害は、故意または重大な過失があつた場合を除くほか損害賠償の責に任じない。なお右責任は、棉花を陸揚したときから始まる。

そうして右「神戸港揚棉花取扱契約」は、昭和五年七月、昭和七年九月、昭和九年九月、昭和一一年九月、昭和一三年一一月、昭和一六年三月三一日、昭和一七年八月三一日に、それぞれ前記三者間で、両倉庫が取扱う棉花の量の割合(両倉庫の割合は、少しづつ差が少くなり、昭和九年九月改訂のときから斤量で五割と五割の比率ということになつた。)、所定の上屋整理料、諸掛賃料率などの改訂を行う程度で、その内容を引きつゞき継続する旨の取決めがその都度書面によつてなされた。棉花は一般貨物と異り、荷さばきの取扱には特に熟練を要する荷物であつて、汽船に混載されて来る棉花梱包を荷さばきするためには、どうしても一旦全部を陸揚したうえ、荷さばきの取扱に熟練し、しかも保管施設の完備した倉庫業者に取扱わせなければならないのであるが、この条件を充たした倉庫業者は、神戸港においては両倉庫をおいてほかになく、また棉花輸入業者にとつても取扱場所はなるべく少い方が便利であるということで、神戸港に陸揚される棉花の荷さばきついては、大正六年以来ずつとこの契約の定めたところにしたがつて行われ、両倉庫以外の倉庫業者の手によつて棉花の荷さばきが行われるようなことは全くなかつたのである。

ところが太平洋戦争が始まつて棉花の輸入が途絶えると、日本棉花同業会はいつの間にか解散同様の姿となり、両倉庫とも棉花を取扱う仕事がなくなつてしまつたため、右契約も昭和一七年に改訂継続されたのを最後に自然消滅のかたちとなつて終戦を迎えた。

戦後棉花の輸入は、当初政府の手で直接に行つていたが、民間貿易再開が叫ばれるにつれて、棉花輸入業者の間に、戦前の日本棉花同業会にあたるような団体を作り、業者にかわつて棉花の輸入事務に関する連絡や取決めなどを行わせようという気運がもり上り、昭和二二年三月頃には、日本棉花輸入協会、昭和二三年四月頃には日本綿花クラブという棉花商らの団体がそれぞれ作られたが、結局昭和二四年一一月に、フアリスをのぞく荷受会社を含む日本国内の全棉花輸入業者(棉花商、紡績会社)を会員とする棉花協会(社団法人日本綿花協会)が設立され、同協会が全会員の代理人として、棉花の輸入に関する事務の連絡や取決めにあたることになつた(この協会が存在し、会員である棉花輸入業者の代理人となつていることは、当事者間に争いがない。)。

綿花協会が設立されると、会員ならびに両倉庫の希望もあり、綿花協会としても輸入棉花の荷さばきについては、戦前に行われていたのと同様の方法をとりたいと考えたのであるが、綿花協会自身が会員の代理人として表に立ち、直接両倉庫との間に戦前の「神戸港揚棉花取扱契約」のような契約を結び、棉花の荷さばきを委託するということは、法的に疑義があり適当でなかつたので、綿花協会は昭和二五年一二月二五日頃、会員の復代理人として、それらのことに最も精通している伊藤忠商事株式会社の曽根徹男、日綿実業株式会社の土井寅司、日瑞貿易株式会社の重盛角治、東洋棉花株式会社の猪本常一、株式会社大森商店の吉松久太郎、極東商事株式会社の石渡忠雄、江商株式会社の西川武四郎の七名を選任し、この七名に棉花荷さばき協議会(荷さばき委員会とも呼ばれた。)という名称で、輸入棉花の荷さばきに関する取決めや事務を処理させることにして、その頃会員全部にその旨を通知し、会員から黙示の許諾を得た。そこで棉花荷さばき協議会(以下荷さばき協議会と略称する。)の七名は、各自綿花協会の会員の復代理人として、昭和二五年一二月末頃両倉庫と話合つた結果、神戸港に輸入される棉花の荷さばきについては、戦前日本棉花同業会の会員がしたのと同様の方法をそのまま踏襲することにし、三者の間で、「神戸港揚棉花取扱契約」と同一の趣旨の契約(たゞし戦前の契約にあつた無料上屋蔵置期間の定めをなくし、また諸掛賃料率については、情勢の変化にあわせて、その都度改訂することにした点が違つたが、会員が輸入する棉花の荷さばきは両倉庫のみに限つて委託するものとし、その取扱量の割合は斤量で五割と五割の比率にすること、および火災による損害についての免責の取決めなどの骨子は全く同じもの。この契約には別に名前はついていないのであるが、以下便宜「新棉花取扱契約」と呼ぶことにする。)が結ばれた。この契約の内容とするところは要するに、

(イ)、綿花協会の会員が神戸港に輸入する綿花総数の五割は三菱倉庫株式会社構内に、他の五割は被告会社構内に陸揚し、その荷さばき方を両倉庫に委託する。

(ロ)、この契約により荷さばきを委託される倉庫に対し、会員は所定の上屋保管料を支払うものとする。

(ハ)、この契約により取扱う棉花については、両倉庫は、ハシケ、維繋本船、あるいはその倉庫扱の沖懸本船よりする陸揚上屋入、マークおよび員数の仕訳、陸上よりハシケヘの積込、その他陸上における一切の荷役を取扱うものとする。これに対し会員は、陸揚上屋入賃(仕訳賃込)、看貫賃を含む所定の諸掛賃を支払うものとする。

(ニ)、上屋保管料、諸掛賃料率については別に定め、情勢の変化に応じて年一回六月一日に協議のうえこれを改訂するものとする。

(ホ)、両倉庫は、その荷さばき所における棉花に対し、雨もりその他普通倉庫の営業において負担する一切の損害についてその責に任ずる。たゞし火災に関する損害は、故意または重大な過失があつた場合をのぞくほか、損害賠償の責に任じない。なお右責任は、棉花を陸揚したときから始まる。

といつたものである。たゞいろいろの事情からこの契約は書面に作られなかつたが、その後神戸港における輸入棉花の荷さばきに関する取扱は、右「新棉花取扱契約」により、戦前どおり両倉庫で行われることになつた。もつとも、両倉庫で取扱う棉花の数量を、右契約に定めたとおり五割と五割の比率に具体的に割振るためには、実際に棉花を積んで神戸港に入港する船があるたびに、その棉花について、どちらの倉庫が荷さばきをするかを決めてその委託をすることになるのであるが、これは荷さばき協議会の七名のうち、神戸港小委員と呼ばれる曽根徹男、土井寅司、猪本常一、西川武四郎の四名が担当することになり、毎週一回金曜日に定例の会合を開いて右四名と両倉庫の事務担当者が集り、棉花を積んで神戸港に入港する船の予定と、積荷棉花の数量、および両倉庫の上屋の蔵置状況とをてらし合せて、両倉庫の取扱数量が「新棉花取扱契約」に定めた五割と五割の比率になるように棉花を配分割当し、それぞれ割当てた数量の棉花について、右契約の実施として各倉庫に荷さばき方を委託する方法がとられたのである。

(二)、ところで海上運送により棉花を輸入する場合には、狭い船倉に梱包された棉花が種類(荷印)別に分けられることなく混載されて来るため、積荷本船が出港を急ぐというような事情も加わつて、船倉内でこれを積類(荷印)別に分けたうえ、荷受人に引渡すまでの荷さばき作業を行うことはとうていできないので、一旦全部を陸揚したのち、陸上で荷さばきの作業が行われることになつている(これが、一般に総揚と呼ばれている荷渡の形式にあたるものであるかどうかはしばらく措く。)。その作業は、次のような順序と方法によつて行われるのである。

混載されて来た棉花は、まず船内荷役により、船側に横づけされたハシケにそのまま荷おろしして積みかえられ、次々とハシケによつて揚浜の岸壁に回漕されたうえ、ここで陸揚される(もつともこれは沖懸本船といつて、積荷本船が沖合に碇泊した場合のことであるが、積荷本船が直接桟橋へ横つけとなつた維繋本船の場合も、桟橋側の船側から直接陸揚されると同時に、反対側の船側からも沖懸本船の場合と同じようにハシケによる回漕が行われるのが通例である。)。陸揚された棉花は、その場で次々と種類(荷印)別に分類するいわゆるマーク仕訳が行われ、そこから、棉花梱包を種類別に整理して平均一〇〇俵づつの一山ごとに積みかさねる作業、つまり垪付を行う上屋の戸前口までネコ車にのせて一俵づつ運ばれる(上屋まで距離があるときは、トラクターに数俵づつ積んで戸前口まで運んだうえ、そこでネコ車に一俵づつ積かえる。)。戸前口では棉花梱包の重量をはかる看貫の作業が行われることもあるが、看貫を行わないときには、そのままゝネコ車で一俵づつ上屋内に搬入され、ここでさらにマーク仕訳の検査を受けたうえ、種類(荷印)別に整理して上屋内に垪付される。陸揚後、垪付までの作業が、いわゆる荷さばきの作業であり、こうして荷さばきが終つた棉花は、垪付された状態のまま、現実に荷受人の手に引取られるまでふつう三〇日から三五日ぐらいの間その上屋内に保管されることになるのである。

一方、混載されて来た棉花をハシケにおろすまでの船内荷役は、船会社があらかじめ契約してある(いわゆるステベ契約のある)船内荷役業者(ステベ業者)が行うのであるが、ステベ業者は、船会社の委託により船内荷役を行うだけでなく、後に述べるように両倉庫からの委託により(この両倉庫からハシケの回漕を委託されたステベ業者は、どのような法律上の立場でハシケを回漕し、棉花を運んで陸揚するのであるかは、しばらく措くが、少くともたゞちに荷受人の代理人となるものではないように思われる。)、自らハシケを回漕して船から積みおろした棉花を岸壁まで運び陸揚をするのがならわしとなつていた。そうしてステベ業者が陸揚をする岸壁は、神戸港においては、棉花に関する限り、大正六年五月の「神戸港揚棉花取扱契約」が結ばれて以来、この契約の存在が事実上尋重され、必ず三菱倉庫株式会社か被告会社の上屋のあるいづれかの揚浜の岸壁に限られていたし、戦後も「新棉花取扱契約」が結ばれて以来、荷さばき協議会の土井寅司、吉松久太郎の両名から関係船会社、ステベ業者に対して、棉花の荷さばきは両倉庫のみに取扱わせるから協力してもらいたい旨の書面が出された関係もあつて、戦前と同様の取扱がされており、船会社やステベ業者がこの契約の存在を無視し、永年の慣行を破つて他の揚浜へ棉花を陸揚するようなことは一度もなかつた。またステベ業者が具体的にある棉花を、両倉庫のうちいづれの揚浜に陸揚するかということは、棉花を積んだ船が神戸に入港する少し前に、神戸港小委員からその棉花の荷さばきを委託され、これを取扱うことに決められた倉庫会社からステベ業者へその旨連絡があり、ハシケの回漕を委託されることによつて決まつていた。もつとも両倉庫はいづれも、荷さばき業務を担当する部門のほかに、船内荷役業務を担当する部門(ステベ部門)をそれぞれもつていたので、両倉庫とステベ契約のある船会社所属の船が入港する際には、陸揚後の荷さばき作業だけでなく、船内荷役からハシケによる回漕、陸揚までの作業も含めて行うこともあつたので、このような場合を倉庫側からみてふつう「自社ステベ」と呼んで、船内荷役から陸揚までの作業を自分の社のステベ部門以外のステベ業者が行う「他社ステベ」の場合(たとい自分が荷さばきを取扱うことに決められた棉花であつても、その棉花を積んだ船の所属する船会社との間にステベ契約のない場合には、自分で船内荷役を行うことができないので、どうしてもこの方法をとらざるを得ないことになる。)と区別していた。このようにして自分の揚浜へ陸揚された棉花について、その倉庫会社は、沿岸荷役を担当する下請業者を使うなどの方法により、マーク仕訳から垪付に至る荷さばき作業を行い、荷受人が現実に引取りに来るまで自分の上屋内にこれを保管する取扱をしていたのである。なお、荷送人が船会社に対して支払う棉花の運送賃のなかには、陸揚港における船内荷役賃までしか含まれていないので、ハシケの回漕料、陸揚後の荷さばきに関する諸扱料、保管料(上屋整理料)などの諸掛賃は、すべて荷受人が「新棉花取扱契約」(戦前は「神戸港揚棉花取扱契約」)により、棉花の荷さばきを取扱つた倉庫会社に対して支払つていた(被告は、被告がこれらを荷受人から直接受取つていたのは、本来船会社が受取るべきものを慣習により被告が船会社にかわつて受取つてそのまま被告の収入とすることで精算している趣旨の主張をしているが、そのようなことは認められない。)。

(三)、本件棉花の荷さばきもまた、右に述べたような通常の取扱により行われた。本件棉花のうち別表(7) の分をのぞく各棉花は、いづれも同表記載のとおり綿花協会の会員であるフアリスをのぞく荷受会社が輸入した棉花であり、また右(7) の棉花については、綿花協会の会員である東洋模範物産株式会社が荷送人であるフアリス・アンド・コンパニーから日本における売さばき方を委託されて、荷受人が決まらないまゝ運送されて来たものであつたが、これらの棉花が被告に荷さばきされることになつたのは、フアリスをのぞく荷受会社を含む綿花協会の会員と両倉庫との間に結ばれた「新棉花取扱契約」にもとづき、フアリスをのぞく荷受会社の復代理人である荷さばき協議会神戸港小委員の四名が、昭和二七年九月二六日、本件棉花については、別表(7) の分も含めて被告に荷さばき方を委託し、被告がこれを承諾したことによる。

すなわち、その頃荷さばき協議会の七名には、同月二九日頃に汽船エルセ・メルクス号が本件棉花のうち別表(9) の分を含む棉花を積んで、また同年一〇月一日頃には汽船シトラス・バツカー号が本件棉花のうちその余の分を含む棉花を積んで相次いて神戸港へ入港する予定がわかつたので、同月二六日の金曜日に開かれた神戸港小委員の四名と、両倉庫の事務担当者との定例の会合の席上で、「新棉花取扱契約」により右両汽船に積まれた棉花は、両倉庫のうちどちらへ荷さばきを委託するかについて協議した。そうして、その頃神戸に棉花を積んで入港する船の予定と、積荷棉花の数量、および両倉庫の上屋の蔵置状況とをにらみ合せて、両倉庫の取扱量が、右契約に定めた斤量で五割と五割の比率になるように棉花を配分割当した結果、右両汽船に積まれた棉花については、被告がその荷さばきをすることに決まつた。そこでフアリスをのぞく荷受会社の復代理人である四名の神戸港小委員が、本件棉花を含む右両汽船に積まれた棉花の荷さばき方を被告に対して委託し、被告がこれを承諾したのである。こうして被告は、フアリスを除く荷受会社からの委託により、別表(7) の分を含む本件棉花の荷さばきを行うことになつたのであるが、両汽船の所属する船会社とは、いづれもステベ契約を結んでいなかつたので、本件棉花については自らステベ業者として船内荷役をすることができず、したがつて前述のいわゆる「他社ステベ」の方法をとるよりほかはなかつた。そこで被告は、エルゼ・メルスク号に積まれた棉花については、同船の所属するメルクスライン会社とステベ契約のある三菱倉庫株式会社(ステベ業者としての)に対し、またシトラス・パツカー号に積まれた棉花については、同船の所属するウオーターマン・ステイームシツプ・コーポレイシヨン会社とステベ契約のあるニツケル・アンド・ライオンズ株式会社に対し、それぞれ両船に積まれた棉花は被告が荷さばきを行う旨を連絡し、同時に船内荷役を終えた棉花は、ハシケによつて回漕し被告の上屋のある揚浜に陸揚するように依頼した。三菱倉庫株式会社とニツケル・アンド・ライオンズ株式会社は、両汽船が相次いで神戸に入港すると、両汽船の所属する前記各船会社との間にそれぞれあらかじめ結んであるステベ契約にもとづき、本件棉花を含む両汽船に積まれた棉花につき、それぞれ船内荷役作業を行うとともに、右被告の依頼にもとづき、積荷本船の船側で次々と自社のハシケにこれを荷おろししたうえ、被告の揚浜である小野浜の岸壁に回漕して陸揚した(本件棉花が右両会社のハシケによつて回漕され、陸揚されたことは、当事者間に争いがない。)。被告は小野浜に陸揚された棉花につき、沿岸荷役を取扱う共進株式会社に下請させる方法により、次々とその場でマーク仕訳を行い、本件上屋の戸前口までラクターで数俵づつ運んだうえ、一俵つつネコ車に積かえて上屋内に搬入し、ここでさらにマーク仕訳の検査をした後、上屋内に順次垪付を行つた。こうして本件棉花は、両汽船の分とも、昭和二九年一〇月五日午後四時頃までには一切の荷さばきを終り、本件上屋内に垪付されたまま、現実に荷受人が引取に来るまで被告に保管されることになつたものである(当時本件棉花が本件上屋内に保管されていたことは、当事者間に争いがない。)。

以上の事実を認めることができる。この認定に反する証人浜本義男、同伊津井豊治、同難波正克、同渡辺薫、同岡部健、同古山綾夫の各証言部分は、右事実を認定した前掲各証拠、ことに証人土井寅司、同井元彦弥の各証言にてらしてにわかに信用することができない。

以上認定した事実をすべて綜合して考えると、神戸港における棉花の荷さばきというのは、その歴史的な経過からみても明らかなように、棉花の陸揚後のマーク仕訳、棉花保管上屋への搬入、マーク仕訳の検査、上屋内への垪付および保管という一連の行為が含まれるのであつて、上屋へ保管することなくこれを行うことはないのであるから、棉花の荷さばき方を委託するということの中には、当然にこれを上屋の中へ垪付したうえ、委託者から引渡の請求があるまで保管することまでも含めて委託したものとみるべきである。しかもその保管関係は、荷さばきの受託者が、委託者から棉花の引渡を受けることによつて生ずるのでなく、受託者が委託者以外の第三者から引渡を受けることによつて生ずるもの、つまり「自社ステベ」の場合には、ステベ業者としての受託者が積荷本船の舷側で船会社から引渡を受け、また「他社ステベ」の場合には岸壁でステベ業者のハシケから陸揚するときにステベ業者から引渡を受け(もつとも維繋本船のときには、本船の舷側で船会社から直接に引渡を受けることもある。)ることによつて生ずるものなのである。したがつて「新棉花取扱契約」というのは、荷さばきの委託者である綿花協会の会員が、受託者である両倉庫に対して、陸揚された棉花につき、たゞ単にマーク仕訳をする作業だけを委託したのではなく、これを両倉庫の綿花保管施設である上屋内に運びこみ垪付したうえ、会員が引渡を求めるまでこれを上屋内に保管するという、寄託類似の契約を含んだ無名の混合契約であり、しかも荷さばきに関する基本契約ともいうべきものであつたといわなければならない。そうしてこの基本契約にもとづき、両倉庫のいづれかゞ実際に棉花の保管をともなう荷さばきを行うについては、棉花を積んだ船が神戸港に入港するその都度に、綿花協会の会員の復代理人である荷さばき協議会神戸港小委員が両倉庫と協議のうえ、その棉花につき荷さばきを行うことに決められた倉庫との間に、右基本契約にもとづいて棉花の荷さばきをする旨を内容とする荷さばき委託契約が結ばれていたものである。

そうだとすると、別表(7) の分も含む本件棉花については、昭和二七年九月二六日に開かれた神戸港小委員と両倉庫との定例の会合の席上で、フアリスをのぞく荷受会社の復代理人である神戸港小委員の四名が、両倉庫と協議のうえ、本件棉花の荷さばきを被告に取扱わせることに決め、被告との間に、荷さばきに関する基本契約である「新棉花取扱契約」にもとづいて棉花の荷さばきをする旨を内容とする荷さばき委託契約を結んだのであるから、被告が荷さばきの受託者として、ステベ業者である三菱倉庫株式会社およびニツケル・アンド・ライオンズ株式会社から本件棉花の引渡を受けてマーク仕訳をすませ、本件上屋に搬入して垪付をすることにより、被告は、綿花協会の会員であるフアリスをのぞく荷受会社のために、別表(7) の分も含めて本件棉花を保管することになつたわけであり、フアリスをのぞく荷受会社(別表(7) の分については東洋模範物産株式会社)から引渡の請求があれば、いつでもこれを引渡すべき債務を負うに至つたものというべきである。

六、たゞ被告は、本件棉花のうち別表(7) の分についても、右に判示したように綿花協会の会員である東洋模範物産株式会社との間の荷さばき委託契約によりこれを保管し、同会社に対して引渡債務を負つていたことは明らかであるけれども、その所有者ではあるが綿花協会の会員ではないフアリス・アンド・コンパニーから保管を委託されたことを認めるに足りる証拠がないのである。しかも前に認定した事実から明らかなとおり、別表(7) の分を含む本件棉花は、被告が船会社から保管を委託されたものではないのであるから、これを前提とする原告ゼ・ホームの(二)ないし(四)の予備的主張もまた容れる余地がない。

そうだとすると、被告は本件棉花のうち別表(7) の分については、フアリス・アンド・コンパニーに対しなんら引渡債務を負つていなかつたものというべきであるから、この債務が存在することを前提とする、原告ゼ・ホームの被告に対する本訴第一次の請求中、別表(7) の棉花に関する部分は、その余の点について判断をするまでもなく理由のないことが明らかである。

七、次に別表(7) の分をのぞく本件棉花についてであるが、これは本件火災により前記焼失部分について被告のフアリスをのぞく荷受会社に対する前記引渡債務の履行が不能となつたのであるから、倉庫業者である被告(被告が倉庫業者であることは、当事者間に争いがない。)は、本来ならば商法第六一七条に準じて、被告が本件棉花の保管に関して注意を怠らなかつたことを証明しない限り、フアリスをのぞく荷受会社の受けた前記各損害を賠償しなければならないものと思われる。しかしながら本件棉花の荷さばき委託契約が、寄託類似の契約を含む混合契約であることにより商法第六一七条が準用になるとしても、同条はいわゆる任意規定の性質をもつものと解すべきであるから、当事者間の特約によりこの規定の適用を排除することは許されるわけである。

ところで、フアリスをのぞく荷受会社と被告との間には、前に認定したように荷さばきに関する基本契約である「新棉花取扱契約」が結ばれており、これによると、荷さばき所における棉花の火災による損害については、被告に故意または重大な過失があつた場合をのぞくほか、被告は損害賠償の責に任じない旨の免責の特約がされているのである。そうして、フアリスをのぞく荷受会社は、神戸港小委員を復代理人として、被告との間に右基本契約にもとづいて荷さばきをする旨の荷さばき委託契約を結んだのであり、前に認定した事実からみて、本件上屋が被告の棉花荷さばき所にあたることは明らかであるから、フアリスをのぞく荷受会社が被告に対し、本件焼失棉花の引渡債務が履行不能になつたことを理由として、その受けた損害の賠償を求めるためには、右特約にもとづき、被告に故意または重大な過失があつたことを立証しなければならないことになる。

原告らは、右のような特約は、保険制度の運用を根底からくづすおそれのあるものであるから信義則にてらし無効であつてその適用が排除されるべきであると主張するが、その理由とするところは、前提をまずしぼつたうえで、仮定的に理論をすゝめる原告らの独自の見解であつて、にわかにこれに賛同することができず、海上保険の制度と、棉花の荷さばきを行う倉庫業者の火災による損害についての免責の特約とは、やはり別個に切はなして考えらるべき事がらであるから、このような特約がたゞちに信義則にてらして無効であるということはできない。したがつて本件火災につき、被告に故意または重大な過失のあつたことが立証されない限り、フアリスをのぞく荷受会社は被告に対し、本件焼失棉花の引渡債務の履行不能による損害賠償債権をもつていなかつたといわざるを得ない。その結果、本件のような場合においては、たとい原告らが右免責の特約につき直接の当事者ではないとしても、その損害賠償債権を保険金支払の限度においてフアリスをのぞく荷受会社に法律上代位して取得した、と主張する原告らが当事者と同じ立場におかれるわけであるから、原告らの方でこれを立証しなければならないものというべきである。

八、そこで本件火災につき、被告に故意または重大な過失があつたかどうかについてみることにする。

梱包された棉花が引火しやすい性質をもつていること、および被告が本件棉花を本件上屋に搬入した後夜間は一時間ごとに監視員を巡回させていたことは、いづれも当事者間に争いがないが、当審にあらわれたすべての証拠をもつてしても、被告またはその従業員が本件棉花を取扱う際火の気に注意を払わなかつたとか、本件火災当時本件上屋のすぐ近くで屑棉を焼きすてていたという事実を認めることができないのである。かえつて、真正にできたことに争いがない乙第四号証の一ないし三、四、同第五号証、同第四号証の二と三四の各記載により真正にできたもと認める同号証の三五、証人大沢則良、同作本裕、同川口三郎、同渡辺相吉、同深萱武夫、同佐藤毅臣、同柳功郎、同小川広、同西郷吉郎、同山腰準吉、同古山綾夫の各証言によるとと、次の事実が認められる。

被告は陸揚した本件棉花を前に認定したような方法で荷さばきを行い、本件上屋内に垪付したのであるが、本件上屋内はもとよりのこと、その間の作業場においてはタバコを含む火気一切を厳禁し、棉花が引火しやすい性質をもつていることをよく知り充分経験を積んだ者の監督のもとに荷さばきを行つた。作業員も、被告会社小野浜事務所前の所定の場所に限つてタバコをのむことを許され、作業中本件上屋内やその他の作業場で喫煙をするような者はなかつた。本件棉花を本件上屋内に垪付し終つたのは火災当日の午後四時頃であつたが、午後四時一五分頃から一二分間ぐらいにわたり、被告会社の警備員柳功郎、小川広らが本件上屋内を巡視点検し、なんの異常もないことを確めたうえ、本件上屋の扉を閉めて錠をかけた。その後は午後六時に被告会社の警備員山腰準吉と西郷吉郎が、午後七時には山腰と小川広が、午後八時には小川と西郷がそれぞれ二人づつ組になつて警備員詰所を出発し、所定のコースにしたがつて本件上屋を巡回したが、午後六時と午後七時の巡回の際には本件上屋になんの異常も認めなかつた。午後八時の巡回で小川と西郷の両名が本件上屋附近を通りかかつた際、小川は棉花のこげるような匂いのするのに気づき、急いで本件上屋の第七入口の扉のところへ行つて内部をのぞくと、赤い火が見えるので、はじめて本件火災を知つた。そこで小川、西郷の時を移さぬ手配により、すぐに自衛の消防活動が開始され、まもなく神戸市葺合消防署からも消防自動車がかけつけて消火につとめたが、結局本件上屋は全焼してしまつた(本件上屋が全焼したことは、前に述べたとおり当事者間に争いがない。)。その後本件上屋の火災については、神戸市消防局はじめ各方面から発火原因の調査究明がすすめられたが、結局火災の原因は不明ということで、その原因をつきとめることができなかつた。なお被告が夜間は一時間ごとに警備員を巡回させていたことについて、関係当局から、その程度の巡回では火災予防上不充分であり、もつと小きざみに巡回するよう注意され、または勧告を受けたことは、一度もなかつた。

以上の事実が認められる。そうだとすると、被告は本件棉花の取扱については火気に充分の注意を払い、また火災の発見についてなんら手落はなかつたものといわなければならない。

したがつてフアリスをのぞく荷受会社は、本件火災により受けた損害につき、被告に対しなんら債務不履行による損害賠償債権を取得しなかつたものといわざるを得ないから、この債権の存在することを前提とする原告らの被告に対する本訴第一次の請求中、別表(7) の棉花をのぞく本件焼失棉花に関する部分もまた、その余の点につき判断するまでもなく失当であることが明らかである。

九、以上のように、原告らの被告に対する本訴第一次の請求はすべて理由がなく、棄却を免れないので、次に原告らの被告に対する本訴第二次の請求について判断する。

(一)、原告らは、本件火災により荷受会社らが前に述べたように受けた損害は、被告自身、あるいは被告に傭われている者の重大な過失によつて生じたものであるから、被告は失火の不法行為者としての、あるいは不法行為者の使用者としての責任を免れず、荷受会社らは被告に対し、不法行為にもとづく損害賠償債権をもつているのであり、原告らが荷受会社らに対し保険金を支払つたことにより、保険金支払の限度で法律上当然に右損害賠償債権を取得した、と主張して被告に対し損害賠償金の支払を請求しているのである。

ところで荷受会社らが本件棉花の焼失による損害、およびそれが被告、あるいは被告に傭われている者の不法行為により生じたものであることを知つたのが、本件火災のあつた昭和二七年一〇月五日よりおそくとも二、三日後であつたことは、当事者間に争いがない。

そうして原告らが本訴第一次の請求に追加して予備的に右第二次の請求をした日が、本訴提起後である昭和三一年三月二日の本件準備手続期日であることは、訴訟上明らかであるから、この日は、荷受会社らが前記事実を知つた昭和二七年一〇月上旬からすでに三年以上経過しているわけである。

(二)、これにつき原告らは、荷受会社ら右事実を知つた時から三年以内である昭和二九年三月二九日に、荷受会社らの被告に対する債務不履行による損害賠償債権を取得したことを原因として、第一次の請求にもとつく本訴を提起(この訴が昭和二九年三月二九日に提起されたことは、訴訟上明らかである。)しており、これと原告らの取得した不法行為による損害賠償債権にもとづく追加的第二次の請求とは、請求の基礎が同一であるから、すでに本訴を提起したときに不法行為にもとづく損害賠償債権の消滅時効が中断されたと主張する。

しかしながら債務不履行による損害賠償債権にもとづく訴と不法行為による損害賠償債権にもとづく訴とは、たとい請求の基礎が同一であるとしても、それぞれ訴訟物を異にする別個の訴であることが明らかであるから、たとい原告らが被告に対する債務不履行による損害賠償債権を取得したとして、この債権にもとづき本訴を提起したとしても、これにより原告らの取得したとする不法行為にもとづく損害賠償債権の消滅時効が中断されるものではない。したがつて原告らの取得したとする不法行為にもとづく損害賠償債権は、本件火災のあつた日の二、三日後である昭和二七年一〇月七、八日頃から三年を経過した昭和三〇年一〇月七、八日頃にはおそくとも消滅時効によつて消滅していることが明らかである。

そうだとすると、原告らの被告に対する本訴第二次の請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるといわなければならない。

一〇、よつて、原告らの被告に対する本訴請求は、第一次、第二次ともその理由のないことが明らかであるから、いづれもこれを棄却することにし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石橋三二 石田穰一 寺井忠)

(別紙) 棉花損害、保険金支払一覧表〈省略〉

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